老若男女のキャリアデザイン vol.5 人生の正午を過ぎるとき
- 2010.07.15 Thursday
- 17:27
JUGEMテーマ:キャリアデザイン
人生の正午を過ぎるとき
〜中年危機をいかに乗り越えるか〜
[時 局 2006 5月号 掲載]
「中年危機」問題が静かにクローズアップされています。4人に1人が「ミッドライフクライシス(中年危機)」に直面していると言われる米国では、中年セレブの生活を描いたTVコメディがヒットしているようです。主人公は、巨万の富と名声を手に入れたハリウッドのコメディアン兼カリスマプロデューサー。満たされているのに足らない空虚、わきおこる疑問、あふれる愚痴、中年セレブの姿に視聴者は自らを重ねるのでしょうか。
日本で「中年危機」問題が取りざたされるようになったのは、平成10年に自殺者が3万人を越えてからです。それから7年にわたって(2006年3月時の統計)、自ら命を立つ人年間3万人を下りません。厚生労働省では、自殺数の急増は45〜60歳の中年男性の自殺の増加によるところが大きいと見ています。そして、『自殺予防に向けての提言について(2002年)』では、背景にリストラや倒産、借金苦、過重労働など社会的な要因があると述べるとともに、「中年危機」問題を指摘しました。
「長年、社会生活を送る中、自らの能力の限界や行き詰まりを感じ、また、健康上の問題も顕在化してくる。さらに、子どもの自立、配偶者との関係の変化、親の病気や死等、家族の問題も重なる時期であることから、心の健康問題を抱えやすい」
中年期では体力的、精神的な衰えが始まるのに加え、家庭や職場での問題によって心身の不調を抱えやすく、男性では45歳位、女性では35歳位で中年危機に入ると言われています。これまでの生き方に疑問を持ったり、青年時代にやり残したことを悔やんだり、現実から逃避したくなる人も少なくありません。
私は40歳をすぎて銀行系のシンクタンクを退職し、外から見れば順風満帆な独立を果たしながら、独立早々から5年ほど、心の揺らぎを感じ続けていました。それは説明できない感覚であり、自分が自分でないような、自分を自分で否定しているような、心のめまいとも呼びたい揺らぎでした。腹をくくっての独立でしたから不安はなく、生活や仕事には不足も不満もなく、明確な理由は見当たりませんでした。それなのに「何かが違う」のです。ある時は居てもたってもいられず、ある時は意気消沈しました。恵まれた環境にあってもこうですから、社会的に追い詰められ自殺を選ぶ人の辛さははかりしれません。
心の揺らぎが中年危機だったと知ったのは、揺らいでいない自分を感じた時でした。いつの間に揺らがなくなったのか、どのようにして揺らがなくなったのかは、はっきりとは分かりません。ある日、ふと揺らぎを感じていない自分に気づき、「この私でよいのだ」「この私がよいのだ」という実感を得ました。その瞬間、これまでは中年危機だったのだ、そして、中年危機は終ったのだ、と知りました。
「人生80年、40歳は人生の正午」と述べたのは、分析心理学の始祖C.G.ユングです。ユングは「中年危機」を人生の前半から後半へと移行する、重要な過渡期と考えました。東から昇る太陽は惜しみなく陽射しを注ぎ、やがて正午を過ぎると、西の山端へと隠れていきます。同じように、人生の正午を過ぎた陽射しは内面へと向かい、輝いていた子育て、蓄財、社会的な業績は色あせて見えるようになります。価値のものさしが変わって、人は自己実現にめざめ、静観の日々を歩み始めると言われます。
中年危機を過ぎた後、私は外的なキャリアよりも内的なキャリアを大切に思うようになりました。昨年、ボランティアの即興劇団を結成してキャリア教育に心理即興劇という手法を導入したのも、社会活動への想いが強くなったからです。私はこれまでの半生では一生懸命、自分のために生きてきました。これからの半生は自分のためだけではなく、望ましい社会を築くために生きていきたいと心から願っています。
中年危機は人生の峠です。越えるのは辛く、苦しいけれども、越えた先には新しい景色が待っています。昨今では、中年危機の若年化が報告されており、25歳位で危機を迎える人もいるようです。若いうちから峠越えの覚悟を培い、人生半ばの峠越えをとおして自分らしい自分を生きる知恵を獲得していきたいものです。